機械の緊張感・精度感
PROMASTER E210 RACING CONCEPTは、2023年に社内で行われた、「101選目の腕時計をデザインする。」という課題のデザインコンペから生まれたモデルです。RACINGという名が示すとおり、レーシングカーやバイク等の機械が持つ独特の密度や精度、緊張感といった要素を腕時計に落とし込むことをデザインのコンセプトとしています。車やレースをモチーフとした時計は数多く存在しますが、メーカーによって「車的、レース的」な要素の解釈には様々な形が存在します。今回は、シチズンらしいレーシング要素の解釈とはどのような形になるかということに念頭を置いてデザインしました。
飾るのではなく、削ぎ落とす。
シリーズエイトは、もともとは2008 年にデビューしたコレクションです。当時としては斬新な8 体構造のケースが特徴で、都会的でモダンなコンセプトを基調としていました。2014 年にひとまず幕を閉じ、それから8 年目を迎えた2021 年に再始動したのが、新生Series 8 です。シンプルかつモダンに。飾るのではなく削ぎ落とす。「引き算の美意識」と呼ばれるデザインコンセプトを継承しつつ、いま求められるスペックとたたずまいを兼ね備えた機械式のブランドとして、リスタートをしています。
守られている安心感
外部の衝撃からムーブメントを保護しようと様々な工夫を凝らし、特徴的な意匠が集合した結果として、「守り」の美学が結集したとも言える時計となっています。厚く武骨なケース、パッキンを挟み込んだ別体構造のベゼル、ねじ留め、先カン等は、城壁や盾、鎧といった「防御」のイメージを連想させます。いかにもタフな印象で、どんな苛酷な環境でも耐えられるといった面持ちです。 しかしここで面白いのは、「武骨さ」という言葉は、ユーザーにとっては「 守られている安心感」という視点に変換することも可能という点です。これだけしっかり守られているのだから、多少雑に扱っても平気だろうという安心感につながることで、気兼ねなくガシガシ使え、突き放すどころかいつも近くで使うことができる、という心理的なメリットに意匠が大きく貢献しています。 武骨でヘビーな外観とは対照的に、ユーザーに対しては頼りがいや安心感といったソフトな利点を提供しているギャップに気づかされるモデルと言えます。
かきたてる
左右非対称なシルエットがもつ強烈なインパクトは、「手にとってみたい」という衝動をかきたてます。文字板に大きく配された深度計と9 時位置のセンサーは、「実際に海に潜ったら…?」という想像をかきたて、それらが結果として「欲しい」という気持ちをかきたてます。 本モデルは、そうしたユーザーの潜在意識を「かきたてる」と同時に、しっかりとその気持ちを受け止める機能性を有しています。腕時計に限らずどんな製品にも言えることですが、機能性だけを単純に追求していった場合、無味乾燥かつ没個性なモノが生まれてしまう可能性が存在します。本モデルは、ISO/JIS 規格や海中での視認性等といった様々な制約がある中で、機能性とアイコニックな外観の両立を見事に果たしていると言えます。 「マンボウダイバー」という通称が示すとおり、シルエットだけでそれと判別できるインパクトのある外観を備えながら、ダイバーズウオッチとしての機能は一切損なわれていません。実用性と魅力的でユニークな外観の両立という、真にデザイナーに求められる役割を見事に体現したモデルだと言えます。
やさしいとけい
誰もが使いやすいという「人への寄り添い」を重視したことで、機能・ 造形の両方の側面で「やさしさ」に満ち溢れた時計です。つける人を選ばず、老若男女誰にとっても受け入れやすい。 ユニバーサルデザインというコンセプトを打ち出しているだけあり、徹底して「視認性」と「着け心地」の二点を重視しています。エッジの存在しない丸みを帯びたケースや、 先端がぷっくりと膨らんだユニバーサルフォントはその最たる例で、文字通り人に対してのやさしさを重視した結果、外観も「やさしい」印象を受けるのが面白いところです。 コンセプトがクリアなため、それにしたがって導き出される造形も明快。その思想は4 時位置の引き出しやすい形状のりゅうずから、爪を傷めないためのラバー製中留めカバー等々、隅々まで行き届いています。手に触れた際のテクスチャーも考慮されており、ホーニング加工されたチタニウムのさらさら感、中留めカバーのしっとり感等、手首につけて操作するプロダクトだからこそ、 五感に伝わる「やさしさ」が心地よく感じられます。