テーマ
今回のテーマは「わたし、これで失敗しました」です。失敗は成功の基と言われるように、私たちは成功や成長の過程で大なり小なり様々な失敗を経験しているはずです。それらの失敗には学びやヒントが隠れています。仕事やプライベートにおける「失敗」を共有することにより、新たな学びや閃きのきっかけになればという狙いです。
プレゼンテーション
実際のプレゼンテーションの内容を紹介します。自身のこれまでの社会人人生において様々な失敗はありますが、より学びが多い失敗をピックアップする事にしました。
ときは8年前の2016年まで遡ります。デザイン部にUIデザインの依頼があり、デザイン開発メンバーの一人として参画した際の体験談となります。
なぜUIデザインの失敗談を取り上げたのかと言うと、自身にとってとてもイレギュラーな体験であった為です。私達シチズンのデザイン部は基本的に腕時計のデザインを主業務としています。UIデザインはイレギュラーな業務内容です。その為、この経験での失敗は通常の業務では経験できない稀有な失敗経験であると考えました。
開発の背景
シチズンの製品には腕時計とスマートフォンをBluetooth接続させる「W770」という腕時計があります。専用アプリをダウンロードするだけで、電話の着信、メールの受信といったスマートフォンからの通知を、腕時計の針の動きなどで知ることができる製品です。その専用アプリのUIデザイン開発が依頼内容でした。
今回のBluetoothで接続する腕時計はエコ・ドライブという光発電の仕組みを動力源とするモデルです。エコ・ドライブはシチズンの基幹技術の一つであり、アイデンティティでもあります。エコ・ドライブであるが故の技術的な課題もありました。それはユーザーに腕時計の充電を促す必要がある事です。腕時計とスマートフォンが常時接続をするため、通常の腕時計よりも消費電力が大きくなります。快適な使用状態を維持するためには、腕時計の安定した充電が必要であり、腕時計に光を当てる行為をユーザーに促す必要がありました。
らしさの表現×課題の解決
光をエネルギーに変えるエコ・ドライブを搭載しているという「シチズンらしさの表現」と、時計の安定した充電という「技術的な課題の解決」。この2つへの開発メンバーの解は「光の可視化」でした。腕時計W770には腕時計が浴びている光量をリアルタイムで計る機能が搭載されています。この機能を活かし、アプリで光量を可視化する仕様としました。
光の可視化がシチズンらしさの表現とユーザーの発電を促すことに繋がると予測しました。
失敗と反省
2016年に腕時計と共にリリースを開始しました。しかしリリース後の評価は決して満足のいくものとは言えず、厳しいユーザーのコメントも頂きました。
今回の失敗のポイントはどこにあったのか、私は大きく3つあると考えます。
1つ目は「らしさのズレ」です。
「自分たちの意志や能力のらしさ」と「ユーザーのニーズを満たすらしさ」がイコールになっていなかった事です。シチズンの基幹技術となる光発電、その要である光をアプリで可視化することがシチズンのらしさに繋がると信じ開発を進めていました。しかし、ユーザーがシチズンを認識している、もしくは求めているらしさはそうではなかったと感じます。
2つ目は「ユーザー像の強要」です。
光を可視化することにより、きっとユーザーは充電を進んでやってくれるだろうという仮説が、いつの間にかやって欲しいという要望にかわり、最終的には「やってくれ」という押し付けへと変化してしまったのではないかと反省しています。
3つ目は「自前主義」です。
シチズンのこれまでの歴史を見ると、できる限り自分たちの力でやりたいというマインドが感じられます。世の中にない小さな部品を作る為に、その部品を作る為の機械までも作ってしまう自前主義精神。とても誇らしいマインドでありますし、時計メーカーとして大きな価値となります。しかしながら今回の件は、UIデザインのプロセスが整っていない状態で自前主義を貫いてしまい悪い方に働いてしまったのかと感じています。
これらの失敗の根源には、ハードウェアと同じデザインプロセスでソフトウェアのデザインを進めてしまう、ものづくりに歴史のあるメーカーの開発体制があるのかもしれません。
その後
その後、今回取り上げたアプリは微調整のアップデートを繰り返し改善し、それに伴いアプリの評価も少しずつ向上しました。現在では社内に開発の知見も蓄積され新たな開発も実施されています。時計にカスタマイズ性を持たせる新たなサービスを提供するなど、シチズンでは腕時計の可能性を常に探求しています
失敗を共有してみて
今回、他企業の多種多様な失敗を聞くことができ、改めて成功は失敗の上に成り立っていること感じられました。最近は効率化による定型化などから、なかなか失敗を経験できない風潮があります。できる限り失敗を未然に防ぐことももちろん大切です。しかし一方で、失敗を恐れて萎縮し挑戦できない姿勢は成長に繋がらないと感じています。今後も様々な「失敗」を重ね成長に繋げていきたいと思います。