バイオミミクリー
バイオミミクリーとは自然界の仕組みから学んだことを技術開発に活かすことをいいます。直訳すると『生物模倣』となります。オナモミの実を模倣して作られた「マジックテープ」、蓮の葉のように汚れをはじく「ヨーグルトの蓋」など、見渡せばバイオミミクリーの製品は身のまわりにすでにたくさんありました。時計にバイオミミクリーを取り込んだら今までにない新しい価値が生み出せるのでは?という発想からアイデアの模索が始まりました。
まず、ブレインストーミングをおこない、腕時計に必要な機能を絞り込みました。装着感、汚れにくさ、丈夫さ、美しさ、安全性などの観点から使用できそうなバイオミミクリーの技術を調べていきました。アイデアを出し合い、今回のモデルは「心地よい装着感」を叶えたい、ということで生物学者の福岡伸一先生へバイオミミクリーのアイデアのご協力をお願いしました。
センスオブワンダー
自然界ではデザインが機能を
いつも一歩上回っている
当初は、着け心地の良さという機能的な部分でバイオミミクリーを取り入れたいと考えていましたが、福岡先生との対話の中でとても気になる言葉がありました。それは、「自然界ではデザインが機能をいつも一歩上回っている。」 ということについてでした。この顕著な例として特に強調されていたのは生物特有の色についてです。
あまりにも美しすぎる、あまりにも鮮やかすぎる、という一見少しデザインが過剰なところが自然のおもしろさである。自然界ではデザインが機能をいつも一歩上回っている。過剰な色や形には生命として意味があり、人間から見れば一見無駄にも思えるデザインの多様性が自然には存在する。それこそがセンスオブワンダーなのだ。というお話でした。
この先生の一言に感銘を受け、美しい文字板表現をモデルのポイントにしたいと考えました。その表現の手段として”構造色”を採用することになります。ちょうど富士フイルムがインクジェットプリンターによる構造色の開発をすすめており、ご協力を得て文字板デザインの検討を始めました。最初に構造色のサンプルを見たときは、とても華やかで、まさに蝶がまっているような表情に驚きました。時計にどんなふうに落とし込めるだろうかと心配でもありましたが、とても奥行きのある新しい発色の文字板となりました。
文字板は、古来から地球を構成する四つの要素とされる”地水火風”を繊細かつ神秘的に表現したいと思いました。
見るたびに違う表情を楽しめるのがこの時計の面白さです。構造色は色素で色付けしているのではなく、微細構造を形成するインクの技術により、構造色を発現させるものです。光が干渉することで生まれる美しい色合いが神秘的であり、駆動に光を必要とするエコドライブとの親和性も感じています。
ニットバンドの編地もバイオミミクリーを参照した多孔構造のデザインです。通気性がよく、自分で洗うこともでき、通常の革バンドよりもずっと快適なものになりました。ニットは島精機のホールガーメント技術を採用しています。ニット素材を扱うのは初めての経験で、撚る糸の種類の選定から参加させていただきました。どの糸を混ぜるかで生地の強さや厚みが変わってきます。ニットメーカーに何度も試作をお願いし、強度や厚み、弾力の兼ね合いの検証を重ね、最適なものを探りました。
有機的につながる自然の美しさ、不思議さを表現する文字板の構造色の個性を引き立てるよう、ケースはシンプルなデザインとしました。新しい触感のニットバンドが程よいリラックス感をもたらします。様々なシーンで、ふと自然を感じるような存在になってくれたら嬉しいです。
生物学者の福岡伸一先生、シチズン エル ブランドアドバイザーの生駒芳子氏にはモノづくりのヒントをたくさんいただきました。生命やアートなど、熱く語られるお二人の新しい物事への価値観にいつも驚かされ、時計を超えてできることは十分にあると感じられるプロジェクトでした。