“エシカル”という言葉は、“倫理的”という意味もあり、サスティナブルよりも奥が深く哲学的です。当時はまだ一般的ではない“エシカル”の考えを広く知ってもらう「きっかけになるような時計」「心地よく自然を感じ、人を引き付ける」ものをつくりたいという想いがありました。そこから、ブランドアドバイザーの生駒芳子氏のご紹介で、他に類を見ない、驚きと心地よさが共存する作品をつくられている、建築家の藤本壮介氏にデザインアドバイザーをお願いすることになりました。まず、コンセプトを固めるために対話を重ね、エコドライブの動力である「光」と「時間」との関係をともに考えていきました。そして“光そのもののような時計=有機的な光を持った生命体”というキーワードを導き、藤本氏よりイメージを落とし込んだラフ案が提案されました。
生命の源になる「光」と、本来かたちがない「時」を感じさせる、新しい時の概念を提唱しました。光を内包するような、ふんわり曇ったガラスが象徴的です。普遍的な美しさを持つ「光」の表現と、 “エシカル”な生産背景が結びつくことで、新しい腕時計の価値観と、自然への想いを宿した時計を提案できるのではないかとワクワクしながら、具現化に向けてスケッチ作成をすすめました。
デザインをまとめていく上では、ミニマルな美しさや精神的なエレガンスが感じられることを目指しました。薄霧に包まれてやわらかく光る朧月をイメージしたサファイアガラスが、光のうつろいを表情豊かに感じさせます。ケースは温かい艶消しの仕上げにし、バンドは上品な光沢のある西陣テキスタイルで、時計全体がやさしい光で包み込まれたようなデザインです。
表現の要である曇りガラスの製作はとても困難でした。エコ・ドライブなので、光の透過率を確保することが必須条件ですが、針がうっすらと見えるデザインと透過率の両立が難しく、調整を繰り返しました。サファイアガラスは傷がつかない硬質なガラスですが表面の平滑度が高く印刷が載りにくかったためインクの種類や下地処理などに工夫を重ねました。
ケースには軽く、耐メタルアレルギー性の高い純チタニウムを採用しています。女性のデリケートな肌や、使い心地への配慮をした安心して着用できる素材を採用しました。艶消しのチタニウムケースは曇りガラスと一体感をもった白さと丸みを帯びた形で、光造形3Dプリンターで形状を細かく確認して決定しました。薄くなめらかで、素材から感じられる着け心地の良さをとリンクする造形です。
ストラップは、京都の西陣織老舗「細尾」と光の揺らぎをイメージして織り上げたオリジナル生地を作成しました。銀糸とシルクが、優しい光に溶け込むような微細な輝きを放っています。加工性向上と強度維持のために、織り柄の修正や合わせる裏材との相性など細かい調整を繰り返しています。デザインとクラフトマンシップを融合させ、ミニマルでありながら、静謐な美しさの中にエレガンスを感じさせます。
クラッチバッグやバングルもセットでデザインしています。クラッチバックのデザインは、世界のアート界が注目する作品をつくり続ける串野真也氏のデザインです。時計がバックにつけ外しできるアイデアは新しい時計の可能性や楽しみを提供しています。
このプロジェクトは藤本氏から提示されたものを具現化するだけではなく、シチズンのデザイナーからの提案も検討しながら進められ、双方向的なデザインワークとなりました。「このコンセプトはとてもかすかなものですが、とても明快です」と最初に藤本氏は語られていました。新しい要素が多く課題もたくさんありましたが、最初のコンセプトスケッチに託された想いをそのまま実現できるよう丁寧につくりたいと思いました。そして新しい表現への実験的な工程はとても楽しいものでした。発売からだいぶ時間がたちましたが、今もこの時計のユニークな表現は、見るたびに心に柔らかく新鮮な印象を残してくれます。