私が高校生だった頃、『THE SQUARE(現T-SQUARE)』の音楽にハマっていました。皆さんもどこかで一度は聴いたことあるかもしれない「TRUTH」(F1グランプリのテーマ曲)といった代表曲を持つ、インストゥルメンタルバンドです。フロントマンの伊東たけしさんが演奏するウインドシンセサイザーの音色に魅了されたのがきっかけでした。それは未来の新しい楽器から発せられる音色のようで、とてもワクワクした記憶が今でも残っています。
当初、伊東さんはアメリカのコンピュトーン社が開発したLyricon(リリコン)を使用していました。見た目はフルートを縦笛にしたような金属製の銀色のウインドシンセサイザーです。ところがある日、レコード店で流れていたTHE SQUAREのLIVE映像で、伊東さんが黒く角張ったウインドシンセサイザーを演奏しているのを発見しました。これが私と「YAMAHA WX7」との最初の出会いでした。(この時、伊東さんは「YAMAHA WX7」のロゴも付いていない開発中のプロトタイプを使用していたので、私がこの楽器をYAMAHA WX7と認識するのはまだ先のことになります。)
© Yamaha Corporation
Lyriconは、1970年代にアメリカで開発されたアナログシンセサイザーを用いた電子楽器で、管楽器のサックスやクラリネットを模した「電子吹奏楽器」になります。「叙情的」や「感情豊かな」という意味の「Lyrical(リリカル)」の単語と「制御」の「Control(コントロール)」を掛け合わせた造語だそうです。また、シンセサイザーという言葉は、「synthesize(シンセサイズ)」=「合成する」からきていて、電子回路を使って様々な音を出す機械(楽器)のことを指します。残念ながら1981年にコンピュトーン社が倒産して製造中止となりましたが、後にヤマハがコンピュトーン社の特許を買い取り、MIDI規格に対応したWX7を開発した経緯があります。
アコースティックのサックスやクラリネットは、マウスピースに取り付けたリードを震わせて音を出します。それに対してWX7は、そのリードの代わりに演奏者のマウスピースを噛む強さを感知するリップセンサーと吹き込んだ息の強さと量を検知するブレスセンサーを介し、電気的なスイッチのキーボタンを操作して演奏します。WX7本体のみでは音を出すことが出来ないのでMIDI音源と繋ぎ、そこからアンプ・スピーカーを介して音を出すことになります。シンセサイザーなどMIDI音源にはたくさんの音色が内蔵されていますので、WX7でピアノや、トランペット、バイオリンなどの音を奏でることも出来ます。© Yamaha Corporation
当時、高校生の私は理数系のクラスに在籍していました。これといった目標もなく、工学系の大学に進学し将来は父と同じエンジニアにでもなるのかな・・・と考えていたのですが、このWX7との出会いが私の人生のターニングポイントとなりました。
高校2年の秋、学校帰りに立ち寄ったコンビニの雑誌コーナーで、赤い表紙の『POPEYE』が私の目に止まりました。「いい(スグレ)ものは姿(デザイン)もいい。」というタイトルのデザイン特集号でした。
面白そうな内容でしたので早速購入し家で読み進めて行くと、レコード店の映像で見たWX7が大きく取り上げられているページを発見しました。『POPEYE』の選ぶデザイン・オブ・ザ・イヤーとして金賞が5点選出され、WX7は唯一の満点を獲得したプロダクトとして紹介されていました。初めて詳細なディテールを目にしたその瞬間、WX7のデザインに心を鷲掴みにされました。
更に、「車やオーディオのデザイナーになりたい」という記事では、プロダクトデザイナー(記事ではインダストリアルデザイナー)になるためにデザインを学べる大学が紹介されていました。そこには、多摩美術大学美術学部 プロダクトデザイン学科、武蔵野美術大学造形学部 工芸工業デザイン学科、千葉大学工学部 工業意匠学科の第一線で活躍している卒業生と共に入試科目や実技試験の記載がありました。そこで初めて、プロダクトデザイナーという仕事があること、そして理系の学生でもデザイナーになる道があることを知りました。この出来事がきっかけで、「プロダクトデザイナーになりたい」という将来の目標ができました。
「YAMAHA WX7」の開発コンセプトは、「未来的フォルムと管楽器としての完成度の両立」だそうです。吹奏楽器として最も合理的な運指方法を考案し、デジタルでありながら「息」を使って感情が込められる細やかな演奏表現を可能にしています。
© Yamaha Corporation
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そして、その斬新さをミニマルなデザインで表現しています。直線的な管状の筐体と、指が触れるキー部分を柔らかく有機的に仕上げたフォルム。対照的な2つの要素だけで構成された無駄のないミニマルデザインでありながら、どこか温かみを感じます。個人的には真っ黒なカラーリングと相まって、「BRAUN」製品を彷彿とさせるデザインであると感じています。
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WX7は、1987年のグットデザインの金賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館の永久保存コレクションにも選定されています。大学時代に訪れたニューヨーク近代美術館で、WX7の実機を初めて見た時はとても興奮しました。その時から、いつか手にしてみたいと思うようになりました。そして念願のプロダクトデザイナーになりたての頃、偶然お茶の水の楽器店でWX7の中古と出会い、ついに手に入れることが出来ました。
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WX7は、新しい技術をデザインの力によって可視化させると共に、今までにない楽器のプロポーションを高い次元で具現化したプロダクトだと思います。既成概念に囚われることなく、チャレンジ精神の姿勢で生み出されたデザインであり、私もそういうデザインを生み出したいと常々思っています。
WX7との出会によって、自分の将来や、自分のやりたいことについて真剣に考える機会を与えてもらいました。私がWX7のデザインに心を動かされたように、自分が生み出した時計のデザインによって、ユーザーの感情を揺さぶり、心を動かす。そんな仕事をしたいと思っています。「YAMAHA WX7」は、私のデザイナーとしての原点であり目標でもあります。