スポーティな造形
社内でシリーズエイトの検討をする際に「スポーツではない、スポーティ」という言葉が出てきます。スポーティな時計とは、スポーツシーンとは異なるアクティブなシーンで活躍する、スポーティな感覚になり、身に着けることで気分が高まる時計、を指します。今回デザイン画を描き進めていく中で、「スポーティ」を造形に落とし込むという作業に時間を費やしました。造形は時計を守るガードから着想し、どこか遊びのあるダイナミックでアイコニックな形状を盛り込んでいくことにしました。
時計の顔
文字板のデザインは腕時計をデザインする上で最も重要な要素の一つだと考えています。文字板のことを私達は「顔」とも言います。890は20気圧防水であることが企画要望でもあり、海辺に合うアクティブシーンを想定し、丸形状のインデックスを選びました。しかし、丸形状のインデックスを用いる際は、棒形状のインデックスを用いるよりも、サイズと配置のバランスが難しく、500μm配置を変えただけでバランスが崩れてしまいます。同時に針の太さと長さも考慮し全体のバランスを見ていかなければなりません。検討の上に検討を重ね、ダイナミックながらも端正な顔になるようデザインしました。
細部への拘り
「神は細部に宿る」という言葉があります。デザインにおいては「美は細部に宿る」と受け止めています。細部まで美しくデザインができるのは、腕時計デザインの醍醐味であり、身に着ける方の高揚感に繋がる要素の一つだと思っています。一見ダイナミックなデザインですが、一つひとつのライン、面、角度、幅、位置を決定するまでに200μm単位で調整し、トータルで美しいバランスになるようにしています。そして、5体構造のケースとブレスレットは、粗目のヘアラインとポリッシュ仕上げの描き分けを正確かつ精緻に施し、どの角度から見ても美しい質感を実現しています。
デザインのポイントとなっている3時側のリューズガードと9時側のガードパーツは、特に拘りました。サイドにはスリットを入れ、ネジで固定しています。また、粗目のヘアライン仕上げは、時計が最も美しく見える向きになるように熟慮しています。その結果、時計をスレンダーに見せる効果も生まれました。これらのガードパーツは、時計を守る役割を果たすと同時に、最も傷つきやすい箇所でもあります。また、腕時計として必要不可欠ではありません。しかしながら、そのような部分にこそ拘りを持ってデザインをしました。
苦労した点①:金属製両回転インナーリング
金属製両回転インナーリングの開発に苦労しました。両回転ではなく固定にしてしまう案もありましたが、880よりスポーティでアクティブなモデル開発を目指しており、880のDNAを盛り込むことでシリーズエイトのポートフォリオを完成させたいという想いから、回転リングであることは譲れませんでした。また実績のあるプラスティック製に変更する案もありましたが、Series 8のデザインテーマの1つでもある「金属の美しさ」を表現するためには金属製であることも必須でした。2種類の構造の異なるインナーリングの試作を依頼し、8項目の信頼性試験を実施しました。当初の予定よりも時間がかかってしまい、結果の連絡は量産手続きの直前になりました。1種類だけが合格したとの結果を受け、心から安堵しました。
苦労した点②:サイズ感
グローバル展開を見据えるにあたり、サイズ感の選定は重要な作業です。アメリカ、欧州、アジア、日本など、地域によって好まれるサイズ感が違いますし、880よりもスポーティなモデルであることも踏まえ、サイズを決定しなければいけません。何よりも大変なのは、腕時計の場合、単純に縮小、拡大の作業ではなく、腕時計設計の基準に則りつつ、全体のバランスを見ながらサイズ調整を行います。検討は、スケッチのほかに、3D設計と3Dプリンターによる簡易試作を行い、サイズを決定しました。
言葉の持つイメージの擦り合わせや共有から始まり、拘りを込め、身に着ける人のことを想いながらデザインができる。ウオッチデザインという仕事はやっぱり面白い、と思えるプロジェクトでした。一緒に開発を進めた関係者のみなさまに感謝いたします。