「数釣り」と聞いて思い浮かぶのは、やはりワカサギ釣りでしょうか。単に数字を記録するだけでなく、「今日は100匹を釣るぞ!」といった目標を設定し、その達成を目指して挑戦する楽しみ方があります。ちなみに、名人ともなると、一日で1000匹を超える釣果を記録することもあるそうです。1匹釣るごとに生まれる達成感を、腕時計を操作しカウンターに刻み込むことで、さらなる喜びや次の一匹を釣り上げる原動力になるのではと考えました。
釣果を記録する手段として、今の時代においてスマートウオッチなどのデジタルデバイスを活用するのは確かに合理的で、履歴や詳細なデータを残すには便利だと思います。しかし、画面をタップしてカウントする操作に比べ、アナログカウンターを手でクリックして「カチッ」と響く感覚は、本能的な心地よさを呼び起こします。それは機械式腕時計が、ゼンマイを巻くことで動き、時を知らせてくれるのに似ています。自分の手で時計を操作し、時を動かす。その行為に釣果をカウントする心地よさを組み合わせた釣具を考えました。このような機能的に便利なだけでなく、触れること自体が喜びにつながる「人とモノとの関係性」に、私は魅力を感じます。そうした小さな体験に喜びを感じられる時、自分自身の心に余裕があることにも気づけます。釣りをしているときも、まさにその感覚を味わえるのです。
釣用の道具として
魚を釣り上げた時の達成感に寄り添う道具として、防水性と操作性に考慮した構造を模索しました。特に操作性の心地よさはカウンターのクリック感にあります。様々な市販のカウンターを分解しカウント機構を理解した上で、ムーブメントや回転ベゼルの構造とカウンターを融合させた3Dモデルを作成しました。クリック時の「カチッ」という音や重さが心地よく、一度触って体験していただきたいです。また、環境への配慮として廃材を再利用したラバーバンドを採用しています。釣り人と魚が共存できる環境を守ることが長期的なサイクルの維持に重要だと考えています。今後の課題としては更なる防水性と軽量化、利き手を問わない形状が挙げられます。
愛嬌
カウント機構をどのような形でまとめようかと考えた際、素直にアナログカウンターが持つ愛嬌をそのまま取り入れつつ、シチズンらしい形にまとめようと思いました。そのため、釣り→アウトドア→スポーティという印象を押し付けるのではなく、計測器としての素朴な道具らしさを意識しました。これがシチズンデザインらしい「矛盾・相反する要素の調和」に繋がったと考えています。
道具として大切な機能を備えた形を模索したところ、親指をケースの6時位置に添え、人差し指でカウンターを抑え、つまむようにカウンターをクリックする操作に寄り添う形にたどり着きました。さらに、防水性や堅牢性を重視し、機械を包み込んだ道具として仕上げました。面白い内部構造が詰まった形になったのですが、スケルトンにしなかった理由は、中の仕組みを想像することも機械式時計の楽しみの一つだからです。時計好きは、いずれ分解して内部を楽しむことを知っているため、この選択は正解だったと考えています。私の中では熊のような形になったと思っています。のんびり川辺で日向ぼっこをしているかと思いきや、魚をザッと獲って食べるような。たくさん魚を獲って食べて大きく膨れ上がったようなフォルムと、爪のようなカウンターのスライド式クリックパーツが熊らしさを感じさせます。少し話が脱線しましたが、最終的には愛嬌がありながら、しっかりと機能するシチズンらしい時計に仕上がったと思っています。
エポックメイキングな腕時計を作りたい
今回のコンペ課題は、感情のデザインをプロセスに取り入れ、シチズンデザインの本質を捉えたエポックメイキングなモデルを提案することでした。私は、シチズンデザインの文法のひとつ「特定のユーザーに寄り添ったデザイン」で見えてくる感情をヒントに、親和性の高い機能を外装に融合させ、革新的なモデルの提案を目指しました。最後に、腕時計と親和性の高い機能を融合し、数々のエポックメイキングな腕時計を生み出してきたシチズンの先人方に敬意を表します。