
テーマは「 光が導く新たな形」
事の始まりは社内コンペティションでした。エコ・ドライブを象徴するコンセプトモデルの開発が決まり、すぐにデザイン部に声がかかりました。コンセプトモデルには、明確で強いメッセージやオリジナリティの高い造形が求められます。コンペティションには、コンセプトモデルをいくつも手掛けている経験豊富なデザイナーや新進気鋭の若手デザイナーなど、幅広いメンバーの中に私もアサインされました。そんななか企画部門からのオリエンで提示されたのが、「光が導く新たな形」というテーマでした。
技術がデザインを導き、デザインが技術をインスパイアする
プレゼンまでの期間は約1ヶ月。デザイナーのアプローチはそれぞれ異なります。手描きスケッチでアイデアを膨らませる人もいれば、すぐに3Dモデリングに取り掛かる人もいます。私は今回、テーマから造形までの整合性を考えるのに時間を費やしました。公理から定理が導かれるように、テーマからなぜこの造形につながったのかの「理由」こそがメッセージとなると考えたからです。
私はコンセプトモデルとは、そのモデルで完結するものではなく、後のクリエイティビティに影響を与えることが大事だと考えています。エコ・ドライブという技術によって導かれたデザインが、やがて技術をインスパイアし、新しいモデル開発につながっていく。そんな提案にしたいと考えました。
知性的なコンセプトから生まれる直観的な美しさ
今回のテーマである「光」は、シチズン独自の光発電技術エコ・ドライブそのもの。つまりエコ・ドライブという技術から、どんなデザインが導き出せるかという視点がカギとなります。これまで光エネルギーというと、クリーンなエネルギー、エコロジーといった文脈でコンセプトに落とし込まれることがほとんどでした。しかし今回はあえて別のアプローチを追求していこうと考え、光の物理的な側面をモチーフにすることで、知性的なコンセプトから生まれる直観的な美しさを造形で表現できないか?という発想で、アイデアを膨らませていきました。
光をめぐる科学の歴史を紐解く
光に関する書籍や文献、エコ・ドライブの資料や歴史をあらためて振り返り、コンセプトにつながるアイデアを探していたところ、学生時代に聞きかじった「二重スリット実験」のことをふと思い出しました。量子(光)が持つ粒子と波動の二重性を示す、量子力学における重要な実験のひとつです。
今でこそ光が粒と波の両方の性質を持っていることは広く知られていますが、ここに至る過程には多くの科学者の知の積み重ねがあり、検証と訂正とアップデートの歴史がありました。調べてみると、光について考える学問「光学」の歴史は古く、プラトンやアリストテレスら古代ギリシャの学者たちも考察をしていました。光学の歴史に大きな影響を及ぼしたひとりが、万有引力の発見で有名なニュートンです。ニュートンは著書「光学」で、光は粒子であると説明しました。以降、多くの科学者が光は粒子であると考えていました。
ところが19世紀初頭、イギリスの物理学者トーマス・ヤングが「二重スリット実験」というそれまでの常識を打ち破る実験を行いました。2つの細いスリットに光を通して、その先のスクリーンを観察すると、スリットの形に光が分かれるのではなく、広い範囲の縞模様が現れたのです。この現象は水の波紋の重なり合いのような「波」の特徴が光にあるからこそ起きたものであり、「光は波である」という証明となりました。その後、光は空間を伝わる電磁波であることが明らかとなり、光は波であると決着がついたかに見えました。
光は、粒と波の両方の性質を持つ量子「PHOTON」である
20世紀初頭、アインシュタインが「光電効果の法則の発見」でノーベル物理学賞を受賞しました。しかし、このことは光が粒子でなければ説明がつきません。アインシュタインは、光はエネルギーの最小単位である「量子」の集まりであり、粒と波の両方の性質を持っていると説明しました。光の量子は「PHOTON」と名付けられ、現代の物理学である量子力学の土台となっています。モデル名の「Eco-Drive PHOTON」はここからきています。
その後も数多くの科学者が二重スリット実験を応用した実験を行い、量子もつれや重ね合わせ、コペンハーゲン解釈などの実証や考察につながりました。二重スリット実験は効率的かつ決定的にこれまでの知識を塗り替えたものとして、世界でもっとも美しい実験のひとつと評されています。
ふたつの意味を奏でる「 Double Slit Concept」
光の歴史を調べながら、私の頭の中にはすでにスリットを通り抜けてソーラーセルに光が届く文字板が思い浮かんでいました。“二重スリット”にちなんで2枚のスリットを重ねれば、今までにない造形が生まれそうだと心が躍りました。二重スリット実験と2枚のスリット文字板、このふたつの意味を持つコンセプトを「Double Slit Concept」と名付けました。プレゼンテーションではエコ・ドライブだからこそ生まれた形であること。そしてそれが直観的に美しいことをアピールしました。「魅力的かつ斬新なデザイン・コンセプトに加え、十分な実現性も持つ」と評価され、量産化へ進むこととなったのです。
機能をそのまま表現する
エコ・ドライブと文字板技術は表裏一体と言えます。文字板の下にあるソーラーセルが光を吸収して発電するという特性上、文字板を光が透過する必要があります。たとえ優れた光発電技術があっても文字板の技術がなければ魅力的な時計は生まれません。シチズンは長い歴史に裏打ちされた高い技術力により、金属文字板と遜色ない質感を実現してきました。しかしそれゆえに、エコ・ドライブを感じられないとも言えます。
Eco-Drive PHOTONはエコ・ドライブの価値を再構築したコンセプトモデルとして、「普通(金属文字板)の時計と遜色ない光発電時計」ではなく「明らかに異質。でも直観的な魅力を併せ持つ造形」でエコ・ドライブという機能をそのまま表現することにこだわりました。つまり、文字板をスリットにすることで、一目見ただけで光が通り抜けることが伝わる造形にしたのです。
立体的にスリットが重なり合う多層構造の文字板
文字板には波紋のようなスリットデザインを取り入れました。2枚の金属文字板が重なることで、干渉縞を思わせるパターンになります。ダイヤルカバーにもスリットを採用し、多層構造の立体的な文字板としました。機能そのものがデザインとなり、唯一無二の個性を生み出しています。多層構造のスリット文字板は初めての試みです。外装開発のエンジニアと何度も構造を検討し、手探りで開発を進め、立体的でありながら無駄のない構造を実現しました。
光の干渉がもたらす色彩
Eco-Drive PHOTONには、ひとつだけ装飾的な要素を加えています。スリット文字板とソーラーセルの間に挟み込んだ構造色フィルムです。構造色とは、微細な構造により光が反射・干渉して発色する現象のこと。構造色フィルムは、強い色彩を放ちながらも文字板の透過率に影響を与えず、また紫外線による退色もしないため、Eco-Driveと非常に相性の良い技術です。見る角度によって色が変化する鮮やかな構造色がスリットの間から覗きます。二重スリット実験でスクリーンに映る干渉縞は、光の回折・干渉によって波長ごとに分散します。鮮やかな虹色の縞模様が現れたかもしれない200年以上前の実験への思いを、この時計でも表現しました。
時計全体を包み込む一体感
一般的に、一体型(統合)ブレスレットと呼ばれるケースとブレスレットが一体化したデザインがあります。Eco-Drive PHOTONではさらに統合を進め、ベゼルからケース本体、そしてバンドまで“つらいち”でつながる、進化した一体型ケースデザインとしました。バンドはケースからシームレスにつながるように上面に合わせて大きなカーブを描いています。また、スーパーチタニウム™のケースは、八角形でもクッション形状でもない特徴的な形をしています。そぎ落とされたスムーズな形状でありながら、これまでにないアイコニックな造形です。印象的な文字板と喧嘩せず、引き立てるバランスを意識しました。
存在感と着け心地のバランス
Eco-Drive PHOTONのサイズは39.6mm。このサイズ感は、存在感と着け心地のバランスを考え、0.1mm単位でサイズの異なるプロトタイプを制作し、辿り着きました。驚くほど着け心地がよく、しかも軽い。あらゆるシーンでアクティブに使うことができる時計です。
次世代のエコ・ドライブムーブメント「 Caliber E036」
ムーブメントには、最新のCaliber E036を採用しました。一度フル充電すると1年間(365日)駆動できる、次世代エコ・ドライブのスタンダードとなるムーブメントです。回路システムの一新により、薄型のムーブメントでありながら持続時間の向上や重い針がつけられるようになるなど、基本スペックが格段に向上しています。
シチズンにしか生み出せない時計
Eco-Drive PHOTONは、シチズンだけのエコ・ドライブムーブメントを搭載し、エコ・ドライブならではのデザインをまとっています。強い個性を放ちながら、機能そのものが造形を構成する、そぎ落とされたデザイン。それはつまり、シチズンにしか生み出せない時計です。
2026年、50周年を迎えたエコ・ドライブを象徴するのにふさわしい商品が誕生しました。世界が注目する光発電時計の新時代をEco-Drive Photonが切り開きます。