新技術や独創的なデザインの開発に力を入れてきた一方で、近年のシチズンは過去の名作やアーカイブを文脈として活かす試みもしています。そういった潮流の中、2021年に「シンカ」(進化/新化/深化)をテーマとした社内デザインコンペが開催されます。そこでこのモデルの原型となるアイデアを提案したところ、レトロな雰囲気を持ちつつも若者には新鮮なデザインが評価され、商品化が実現しました。当時のデザインに敬意を持ちながら様式的に展開した点が評価され、2023年度のグッドデザイン賞を受賞しています。
ポストヴィンテージ
社内コンペでは、ベースとなるモデルの選定に注力しました。過去の名作をアップデートする場合、意匠の変更はほとんど必要ありません。実際のデザイン作業よりも、何を選ぶか、つまりキュレーションのセンスが重要だと考えました。現代の価値観に合わせて再構築したら新鮮に感じるモデルはどんなモデルだろうか、と社内のカタログを眺めているうちに、「SPORTE RS」というモデルが目に留まりました。80年代中盤から実用化されたクオーツクロノグラフは、昭和の雰囲気を色濃く持っているように感じたからです。
このモデルを選ぶにあたって脳裏に浮かんでいたのは、ボタンが沢山ついたラジカセや無機質なオフィス等、昭和のレトロな世界観です。腕時計においては、60~70年代の名作の復刻が相次いでいる一方で、80年代以降のデザインはまだあまり注目されていないように感じます。2024年現在、ファッションにおいては2000年代のリバイバルがトレンドですが、時計の場合は復刻トレンドの周期が遅いのが特徴であると言えるでしょう。おそらくはこれから80~90年代の名作がポストヴィンテージ扱いされ始め、それらの復刻モデルも増えていくのではないでしょうか。
低コストを逆手に取る。
当時の国産時計の価格帯のボリュームゾーンはおよそ3~5万円程度で、現代ほど細部の仕上げの精度が高かった訳ではありません。繊細なヘアラインやミラー仕上げが技術的に難しい、あるいはコスト的に敬遠されていた時代において良く用いられていたのが「ホーニング」仕上げです。別名サンドブラスト処理とも呼ばれ、金属表面を均一に研磨する粒子を吹き付けて梨地仕上げにする事を指します。黒文字板モデルでは当時のこの仕上げをリスペクトして同じ仕上げにした一方で、新たに追加したパンダ文字板モデルでは、技術面での「進化」を現す為にヘアライン仕上げを採用しています。
文字板は余計な装飾を省く事を意識し、質実剛健なクロノグラフらしさを重視しました。金属部品はインデックスのみで、それ以外は全て印刷表現のみとしています。価格帯があがると文字板に立体感のあるパターンを施したり、金属製のリング等の部品が組み込まれたりしがちですが、あえてそれらを最小限に抑えて平面的な表現にすることで、当時の質素な雰囲気を演出しています。
「当時らしさ」の追求。
今回、上記の様なキービジュアルの撮影ディレクションにも関わらせていただきました。フロッピーディスクや電卓、当時のPC等の小物を配することで、80年代の空気感を表現しています。特定の年代をモチーフとしたデザインを行う場合、その年代の時計を参考にするだけでなく、当時の音楽やファッション等のカルチャーに対する造詣の深さが大切になってくる気がします。ケースや文字板の仕上げ等のプロダクト的要素と、それに付随する広告表現等、複数の要素をパッケージとしてまとめあげ、「当時らしさ」をビジュアルとして表現する事を大切にしました。